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7/25 09  サワさんからのメール

一昨日 テルアビブよりイスラエルの南半分を占めるネゲブ砂漠を5時間 高速バスにて 紅海の尽きる所エイラートまで一気に暑い だが海あくまでも澄みわたり 夏休みの子どもと若者たちはしゃいでいた昨日国境を越え ヨルダン北上 岩の砂漠のシルクロードを押さえた要塞都市ペトラ 標高あるので 涼しい今日その遺跡訪問するはずだった だがエアコンバスに腰冷やされて調子悪く このホステルのベランダで 悪魔の城みたいな岩山をただ...

連載  完結

 さて、森田の「日本の仕事に疲れた時、インドでゆったりと瞑想しよう。そのために自分たちのやり方で、そして自分たちの場所で、精神的生活をしよう」という夢は実現されるのだろうか? 今回は一ヶ月ほどここに滞在してから、イスラエルとエジプトに一ヶ月。そしてまた、インドで一ヶ月というスケジュールの旅となっている。その間に、どうこのプロジェクトが進行するかを見ることとなる。また森田はその過程を撮影し、「インド...

連載 6

   オート三輪タクシーが止まったのは、パーキング場。ブッダガヤの象徴としてそびえる先細りの仏塔に近い。と、路上のステンレス食器売り場の男が手を振っている。森田はかって訪れた時に、自炊をした。その食器をこの店で買っていたのである。インド商人に限らないが、商人とは何年も前に一回買っただけでもその人間を記憶しているようだ。ブッダの弟子や信者に商人出身者がいる。職業を通じて日常的に人間観察をしている商人...

連載  5

  1970年代初頭に2年間ほど静かに暮らさせて貰ったブッダガヤ郊外入口にあたるビルマ寺の周りは、かつて水田ばかりだったのに、民家やら旅館がそこに至る前から道の片側に居並んでいて、オート三輪タクシーが通り過ぎ、大きな警察の敷地に差しかかってからようやく後ろを振り向いてその存在を確かめる次第。それからオート三輪タクシーは、坂を上がりチベット寺の裏に新設されたバイパスらしきを突っ走った。ブッダガヤは、...

連載  4

ブッダは、その岩山の「マハカーラ・ケイブ」洞窟で苦行した。骸骨のようになるまでしたが、悟る事はできなかった。絶望に山を出る。ニレンゼンガ河沿い彷徨う。12月、下旬のことである。河には水一滴も流れていない。そしてスジャタ村郊外にて足は止まる。そんな消耗しきったブッダに、村の娘「スジャタ」が乳がゆ(ミルク・ライス)を捧げる。(何たるロマンティックな出逢いだろう。)インドでは悟る過程に女との出逢いがある...

連載  3

 列車は一路東進する。エアコンではないから、人いきれでムンムンとする。しかも列車の通るのは、貧しさと人口ではインド有数のウッタルプラデッシュ州、ビハール州。目的地は同じ問題かかえるオリッサ州である。ガンジス平原を東へと一路進む。ともかくコンパートメント全員がかなりの荷を運んでいるから、コンパートメントの床も荷に占拠されている。向かいの下段ベッドは子連れの女性、その夫は中段、他の若いインド人は疲れ極...

連載  2

 さて、イギリス領となる前は、ムスリムがインドを統治した。オールド・デリーとアグラはその首都であった。タージマハールも建てた「モゴール帝国」。だから、ここにはインド最大のモスク(回教寺院)ジャマ・マスジッドがある。武力による統治の象徴たる軍事基地レッド・フォートの近くには、宗教による統治の象徴ジャマ・マスジッドと商工業による繁栄を支えたバザール オールド・デリーが、三位一体となって並立している。 ...

INDIA2009 旅日記(連載)

2009年5月20日 デリー 何たる大気!大地!大衆!その渾然一体となった熱!!5月20日デリー着陸。それは一週間前に今年初めての雨が降った頃、つまりそれまで2ヶ月以上続いた40℃を越える暑さと、道路脇の土が熱き粉となって舞うザラザラヒリヒリクソッタレのアキラメの乾燥の季節がようやく終わるかもしれない、雨が降れば熱さは峠を越し、植物は茂る、そして我々は食って行けるという希望の持てる季節への移行が始まった頃で...

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