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セブン ジェネレーション ウォーク    浜岡原発編 (2)

セブン ジェネレーション ウォーク
浜岡原発編 (2)09年4月10日(金)

 まだ暗い早朝だった。テントを抜け出すと、キャンプした駐車場の裏にそびえる、固い砂浜に登った。満月の一日前のおぼろ月が西に傾きながら眼下の海を浮き上がらせては沈めている。風ぬるく波もおだやかである。東方に白く点滅するのは「浜岡原発」の、高い 煙突上の照明である。そこまで数キロメートルに過ぎない。

 雑草茂るだけの砂丘上には、自転車道が新設されている。これも、電源3法交付金のお陰か。すぐ脇には お休み所、下の駐車場には立派なトイレ。一見すると、平和な海岸リゾートの風景である。だが、浜岡原発に隣接する御前崎市、菊川市、牧之原市、掛川市の財政は電源交付金に大きく依存している。御前崎市は年間予算の半分が交付金づけ。これまでに350億円以上、中部電力の固定資産税1000億円以上を受け取っている。浜岡原発運動差し止め訴訟の原告に市民はひとりもいない。

 だから、このあたりは過疎地というのに巨大な建築物が目立つ。一寸見渡しただけでも、内陸側の丘の上には、大宮殿のようにそそり立つゴルフクラブ、夕方の買い物に同乗した24時間営業の広大なスーパー含むショッピング・モール。そして、立派な病院、学校、体育館。新車が群れなし流れ、駐車している。これらのハードを維持するために、次々と原発建設を受け入れなければならない。原発を含む数々の建設現場の日当も、地元民に入る。

 この国策、何を意味しているのだろう?
地震列島に55基の原発!六ヶ所村の真下にも、福井県もんじゅ高速増殖炉の真下にも、活断層が走っていることが証明された。プルトニウム!しかも原爆が作れる純度最高級のプルトニウム。人類は自滅するために進化したのだろうか?日本はその先がけか?沈みゆく月に叫びたい。

 眼下の砂浜は最後の砂浜だ。かつては巨大な砂丘が幾つも海に向かって聳え立っていたという。だがその砂を運んだ天竜川にダムが作られて以来、次々と姿を消し、この砂丘ひとつとなった。昨日歩く途中には砂防林らしい苗木が、海岸に向かって垂直の列となって植えられていたが、季節のせいか枯れ果てたままだった。砂浜は一面の白。打ち上げられているはずの
海草が一片も見当たらない。原発を冷やすため海水を使う。その温排水は、海水温より7度温かいため、まず海草が死滅する。排水量は100万キロワット級原発一基で毎秒70トンから80トン。それが現在3基。大井川でさえ毎秒45トンに過ぎない。
 
 漁師はアワビ、サザエが全くとれなくなったと言う。だが、温排水でクエの養殖は行われていた。勿論その温排水には放射能が含まれている。内部被爆は空気、水、食物を経て、微量でも起こる。特に細胞発達中の子どもに。

 暗澹として座り続けている内に、夜が明けた。光の中に、数人のウォーカーが到着した。実は一昨日の夜、浜岡市内の、由緒ある鴨江寺近くのレストラン・パヤカでウォーク交流会があり、ライブ演奏やファイアー・ダンス、そしてそのダンサーの自宅出産の体験談で盛り上がった。その流れが昨日のウォークに合流し人数が増え、僕のように歩みの遅い者も混ざったこともあり、昨日の予定距離を完歩できなかった。そこで、今朝は5時より、有志数人が、やり残した部分を歩いたのである。山田和尚を先頭とした、ウォーカーの一団は、この死の世界に熱気を吹き込んだ。今日は、大阪天王寺以来のウォーク15日目である。

 女性を主とするまかないスタッフが、ごく自然に朝食を用意した。同時に食事前の運動を兼ねた天女みたいな優雅な踊りもくり広げられた。偶然の重なり合いで成立したコミュニティだというのに、以心伝心で進行する様には感嘆してしまう。この流れが「7世代先の子ども達」まで成長し、命の繋がり、大地との深い結びつきを確かとすることを祈り始めている。

原発前の牧師さん

 そして、今日のウォークの出発だ。暑いほどの快晴。自転車道の正面には原発連立。近づくにつれ頭痛気味なのは、異様な臭気のせいである。原発はケミカルも大量に使う。隣を歩くドイツ人が、「こういうのをヨーロッパでは<悪魔の臭い>と言うんだ」と顔をしかめた。大学院留学生の彼は日本史にも造詣深く、「明治維新は、日本を奴隷制度とした」と言い放った。

 このあたりの草木が、やけに貧相なのに気がついた。色にも形にも生気が失せている。向こうから散歩中の老人がひとり、ジョギングの壮年2人とすれ違った。挨拶しても反応はない。大地を、地元民を、世代を、家族を、都市と地方を分断して統治する原発行政が、現場に来ると、あからさまだ。

 そして今日は僕ひとりが遅れ気味となった。しんがりの印の旗を持つ若者が、忍耐強く付きそってくれている。結局途中より国道に出て、サポート・カーに便乗し、浜岡原発に先行。そこに待っていた説明役の内藤新吾さんと出逢った。

 彼は昨年7月、60ページの小冊子を発行した。タイトルは「危険でも動かす原発」。サブタイトルは<国策のもとに隠される核兵器開発。プルサーマルは何のため?東海地震でも大丈夫?>である。(頒価200円FAX注文0537-22-7760)

 現在、日本福音ルーテル掛川・菊川教会の牧師をしている内藤さん49才。健康的でさわやかな容姿。そして気さくである。僕は彼の「目からウロコ」のような著書を読んでから、会いたいと思い続けていた。奇しくも春爛漫の桜に飾られた浜岡原発前の駐車場で対面が実現した。

 彼の発行した小冊子が、これまで別々だった平和運動と反原発運動 そして、人道問題を結び付けた。きっかけについて、内藤さんはこう語っている。

「最初に牧師として赴任した名古屋で二人の被爆労働者と会い、その内の一人がすごく頭のいい方で、でもいろいろ訳あって野宿者となり、被爆労働された後、原子力に対する怒りや恨みもあり、新聞記事などをずっとファイルに集められていて、私と親交が深くなった後で、それを私に託されたのです。野宿労働の経験のある方は、彼ら自身がそれを隠しますので、見つけるのは難しいのです」。

 そして、その多くが原発被爆労働を繰り返し、補償を受ける事もなく、病に倒れて行くことを知ったという。全国にその数42万人。その96%は、孫請け以下の短期契約労働者である。被爆記録がいい加減なのでほとんど保証金を受け取れない。

 「このところ北朝鮮のミサイル問題のせいか、東京では警察が職務質問をしているのを何回も見ましたよ。原発もテロを警戒して厳しかったでしょう?」「北朝鮮の原発専門のコマンドが原発を攪乱するために襲うかもしれませんが、メイン・ターゲットは三沢でしょう。あそこには、米軍が本国にもない最新鋭のレーダーを備えています。朝鮮半島と中国からのミサイルを捕捉するためのね。だから、その目つぶしを最初にやる」。

 アレ?かなりシビアーな見方をしてる牧師さんだ。確かに彼の著作は、広島、長崎の原爆投下のいきさつから、いかに歴代与党が原爆を持つためアメリカと交渉し、遂に再処理工場と高速増殖炉建設を認可されたことから、今や日本は核武装を目前としていることを立証している。それはアメリカのもくろむ対中国代理戦争!

敗戦国の運命

「昨年横須賀で、<原子力空母の母港化>に反対して、7月13日が3万人のデモ行進、7月19日に1万3千人のデモ集会がありました。ところがあらゆるメディアが報道しなかった。ネットによってその事実が知らされただけです。これは政治的な圧力があったから。米軍が外国で原子力空母の母港を持ったのは、横須賀が初めてです。どんな独立国だって、それ一艘で中国とロシアを除いてでしょうが、一国の軍隊を壊滅できる武力を装備した米軍の原子力航空母艦に、母港を提供することなどしない。しかも首都の喉元に。これは、それに見合う取引があったからでしょう。つまり、米軍は座間の米軍司令部移転と横須賀港の原子力空母母港化で、日本が絶対裏切れないようにする。パールハーバーの奇襲やら広島長崎の復讐やらで、アメリカは日本を信用してなかった。今や、要人の命から、首都の人口と機能をカタに取ったから、核武装を認めたのでしょう」と内藤さん。

 「なるほど、米国本土に届く長距離ミサイルや原子力潜水鑑や空母さえ許さなければ、それも許容できる範囲でしょうね。」と、僕も納得した。

 中国や日本等の貿易黒字国に大量の国債を買って貰い、その金を国際金融市場で運用して利益をあげれば、米国の年間8千億ドルの貿易赤字も危機を先送りできる。しかも、軍事的に中国と日本を対立関係にしておけば、沖縄の米軍基地も維持できる。少なくとも日本の国債の引き上げにも脅しがきく。金を借りている国が、貸している国に対して威張って命令している。これは、再び戦争に負けたということだ。

 日本国民は、過労死までして、アメリカの国債を買い、55基の原発を地震列島に作り(技術のパテント代も核燃料代もアメリカに払っている)、そしてロボット工学あえては、中距離核ミサイルを装備して代理戦争をやるつもりとは、何というお人好しな事だろう。かつて天皇のためにと全国民が命を捧げた。今の天皇は目先の利益。国民国家の単位を超えた国際的な金融組織の利潤追求に命を捧げるということか。日本の経済界は武器輸出の解禁を提案している。これも利潤追求する国際的株主の圧力がかかっているのだろう。オイオイ、また大量殺戮に手をつけるのか?前大戦のように未来永劫に渡って恨まれるだけのために。

 それに、原発が毎日出す核のゴミも、未来世代が延々と管理をしなければならない。2万年以上!たった50年間やりたい放題をした世代のために、数千世代がとんでもなく危険な作業を強いられる。原発と原爆は廃止するしかない。僕は今年67才となった。自分達の世代のツケ払いを少しでもしてから世を去りたい、と思うようになった。とても隠居などしていられない。

原発PR館での反原発PR

 内藤さんとの待ち合わせ時間に30分ほど遅れてウォーカー20名ほどが到着。途中パトカーに止められたという。原発周辺には監視カメラとNシステム(車両ナンバー認識装置・3秒で解析。新型は運転席の顔写真も)が多い。ドイツ国民が原発から手を引くこととしたのは、前大戦中の秘密警察制度ゲシュタポの復活を恐れたからでもあるという。日本は、朝鮮戦争とベトナム戦争という共産主義進出への防波堤として、アメリカが旧日本軍の戦時体制をうやむやとし再利用したからだ、という構図が核武装と直結する原発周辺では見え見えとなっている。

 PR館入口の脇に、肥料用と記された貝殻の袋が売られている。

「私が地元に来る前から居られる誰かが京都大学・原子炉実験所の小出裕章さんに、浜岡原発の排水口にはべりついている牡蠣貝殻を送って調べて貰ったら、放射能が検出されました」と内藤さん。ここで売られている牡蠣貝殻も温排水抗にこびり着いたのを、流れを良くするために掻き出したものだという。放射能検出の結果、長野県の農協は購買を止めたというが、まだ売られている。一体僕達は何を食べているのだろうか?

 PR館内部はSFの空間となっていた。見事な原発模型とゲーム機と映像装置と美女がウェルカムしている。
「近年は幼稚園児までここにツアーさせてるんですよ。そして人形劇を出張したり、高校の学園祭でも原発宣伝しています。子どもの頃からゲーム感覚で原発に馴染ませれば反対できなくなるからです」と始まった内藤さんの説明は、原発側のパネルや模型の説明に次々と反論していく。

 「この浜岡原発の立つ地盤についてのパネルは“基礎岩盤として地震時にも十分な強度がある”としていますが、07年までは“泥岩・砂岩の互層で、軟岩に分類されている”と記されていたのです。軟岩は手で握っただけで壊れるもろい岩盤です。東海大地震は約150年おきに定期的に起こってきました。フィリピン海プレートが年4?沈み込み、かみ合いがはずれた勢いで、ここの大地は、一気に1m急上昇することが過去の海岸線の水深変化の記録から確認されます。前回は1854年。マグニチュードは8.4でした。今年で155年経っており浜岡が想定震源地域に含まれることを政府は認めています。新潟の中越沖地震はマグニチュード6.8でした。実は、マグニチュードは0.2増すごとに地下の震源断層面から発生するエネルギーは2倍となります。2008年の時点で30年以内に84%の確率で起こると政府が予測した東海地震のマグニチュードは8.0、もし東南海地震と連動したらマグニチュードは8.4、東南海地震および南海地震と連動したらマグニチュードは8.7と予想されています。それは、地下の震源断層面から発生するエネルギーが、中越沖地震の60倍から750倍であることを意味しています」。

 エッ!そんなに大きいの!と驚く僕達に内藤さんは更に科学の基礎知識を植えつけてくれる。
 「緊急炉心冷却装置(ECCS)とは濃縮したウラニュームを小粒のペレット状にして詰めた燃料棒の間に、ホウ酸を含む制御棒を挿入して、核分裂を起こす中性子を吸収する装置です。でも激震の最中に、燃料棒がわずかな隙間に入るか疑わしい。特に沸騰型原子炉の制御棒は下から突き上げる仕組みとなっているため、加圧型の上から降りる仕組みより難しいと言われています。チェルノブイリ事故は出力調整中に起こったのですが、充分用意していたというのに数秒で原子炉は暴走、出力1600倍となりました。後に、スウェーデンの調査によって、その時震度4ほどの地震があったのではないかとされ、NHKスペシャルでもその過程が放映されました。なお、事故が起こっても放射能のため救援活動はできず、地元民は移動を禁止されます」。

 「そしてうまく炉心が停止したとしても、炉は高温のままです。冷却し続けなければ炉心溶解します。その冷却水を運ぶパイプの配管総延長は、110万KW級80km ! それも熱による膨張を考えて、ぶら下げているだけです。揺れの増幅にちぎれる可能性は大きい。冷却水が届かなければ、炉心は暴走します。浜岡原発のパイプは補強されましたが、外部を覆って固定した形は、却って動きにもろいかもしれません。過去の東海地震では、本震の後に6ヶ月間も震度7の余震が度々襲い続けたのです。そして津波が砂を大量に運び冷却水の取水口を塞ぐリスクも。少なくとも、東海大地震の起こるまで原発は止めておくべきです。停止して3ヶ月すれば、炉も冷め、放射性ヨウ素もあまり残っていません」。

2002年からの出会い

 PR館内には一般人の団体ツアーも通り過ぎた。まったく無感動で、ガイドが点けるモニターの説明をサラリと見ては移動して行く。六ヶ所村でも同じタイプの団体を見たことがある。国の交付金とは別に、電力会社には近隣の住民を弁当付きで旅行や宴会に招待する予算があるという。
 
 電力会社は巨大な独占事業で、国によって利益が資産の3%余りと保証されている。原発を建設すると、送電線も含めた資産が大幅に増える。当然自動的に利益が増す仕組みで次々と建設されてきた。
 
 だが、計画された段階で地元民が反対したケースでは、ほとんどが建設は中止されている。高知、和歌山、山口、宮崎のように。中部電力も2000年に三重県芦浜の原発建設を断念した。住民が30年間反対し続けた結果、町が賛成反対に二分された という社会事情と、県内有権者の過半数を大きく超えた県民署名に、知事が中止の決断を下した結果である。2003年には珠洲原発と巻原原発という二つの原発計画が断念された。2006年には志賀原発の周辺住民が北陸電力を訴え、金沢地裁が運転差し止めを命じた。

 実は僕も、2002年に浜岡原発震災が起こったら西風がひんぱんに吹きつける首都圏さえも住めなくなると、静岡県下のライブハウスを軒並みにロックとフォークの音楽家と共にキャンペーンのツアーをしたことがある。僕は詩の朗読をした。それに同行した静岡県の若い音楽家達が、その年の8月、浜岡原発に近い菊川のデンマーク牧場で「平和の集い」キャンプ祭を一週間開いたのにもスタッフとして参加した。

 丁度富士ロック祭の終わった頃で、その後出演してくれた著名な音楽家のせいと、口コミとミニコミの『名前のない新聞』や『人間家族』のキャンペーンもあり、出演者も含めて買ってくれた入場券が700枚以上。すさまじく暑い中、その静岡県の若者を主とする参加者が、アートと自然生活を味わい、北川れんこ衆議院議員や地元の反対派の人や反原発運動家、地震や原発専門の科学者の講演に聞き入った。ホームページと新聞で内外に発信した。

 その間、浜岡原発まで皆でウォークをしたり、戸別訪問とビラ配り。町の老若男女と対話を交わした。賛成派を含めて住んでいる人の大変さが察せられた。

 その後数年間、浜岡ショートウォークが度々実施されたのにも参加してきた。現地で反対し続けている人は全くの少数派だが、その信念の強さと人格の崇高さには感銘させられっ放しだった。30年間、数々の嫌がらせや村八分まで受けながら、真実を貫き通してきたのである。反対という運動はネガティブなエネルギーに巻き込まれる。だが、その中でさえ希望を失わず光を放っている地元の人に出逢えたことは、人生の糧となった。この年齢となっても僕が未来を信じているのは、このような地元の人と出会ったからだ。

 そして「平和の集い」に参加した静岡県の若者達の流れの一端は、今回のウォークを浜松で受け入れたレストラン・パヤカを経営している。彼らは市と協力して近くの広い空き地を自然農法の実習地としようとしている。また今年3月初旬から2週間、焼津市の使われなくなった旧港跡を「第五福竜丸(1954年ビキニ水爆実験被爆)平和の文化センター」としようと、静岡の若手アーティストや県外からの著名アーティストのライブ・パフォーマンスを実現した若者達も「平和の集い」の関係者である。勿論僕も駆けつけた。これらの地方の若者にも、僕は啓発され続けている。

 あの集いの後、僕は全国の原発で使用済み核燃料が地下のプールに満杯近くなり、青森県六ヶ所村再処理工場がそれを受け入れなければ、自動的にほとんどの原発を止めざるを得ないことを知り、事あるごとに六ヶ所村詣でをした。そこでも地元の素晴らしい人達と接した。鎌仲ひとみ監督の映画『六ヶ所村ラプソディ』で紹介されるや全国に共感の渦を巻き起こした人達である。今、私達の抱えている問題は、そのような人達の持つ「人間性と自然との繋がり」によって解決されるのだ、と気づかせてくれた。

 絶望の最中の希望こそ、本物の希望である。学ぶこと。意志を示すこと。いかにささいなことでも実行すること。心を開いて人と交流すること。生命の、自然の常識を身につけること。どんなことでも、諦めずやり続けることが大切だと、その人達に教えられた。

 エレベーターで直登したPR館の展望台で、原発の連立する様と、沖合の冷却水取水排水抗の塔2本、そして広がる海に漁船、海上保安庁の巡視船らしきを見晴らしながら僕は原発に関わってから出会った人達に感謝した。そして、そこで雑談した内藤さんから「僕も一日だけ“平和の集い”に行きましたよ。若者達が水も自前で引いてきたり、炊事場やトイレまで作って楽しくやっていましたね」と、彼もあの時以来の御縁であることを知った。
 
 あの「平和の集い」の後、僕も含むスタッフの何人かは疲れと緊張で寝込んだけれど、やって良かった。あの2002年・第2回の「平和の集い」が伊豆半島の住民によって下田で、第3回が原子力技術者菊地洋一さんによって山梨県の上九一色村で実施された。ささいな行動だったけれども、浜岡原発がいかに危険で、広域に渡って被害を及ぼすかを伝える、一粒の麦となったかも知れない。今回のウォークもそうだ。

 浜岡原発の現状

2006年、26年ぶりに原子力施設に関する耐震指針が改訂された。

2007年、静岡地裁は、市民団体の浜岡原発差し止め訴訟に対して、耐震旧指針のままで、しかもまだ補強もされていない30年使用されてボロボロの1号2号機を含む5基が東海地震に耐えられると判決。原告は東京高裁に控訴した。

2008年、浜岡原発4号機でのプルサーマル実施が決まる。交付金60億円。

2009年、中部電力は、浜岡原発1号2号機の廃炉を決定。解体費用は900億円と見積もっているが、具体的な解体計画は未定。国内の商業用軽水炉の廃炉は初めて。

2009年、中部電力は、浜岡に6号機を建設することを発表した。着工予定2015年。出力140万キロワット。1号機(54万キロワット)と2号機(84万キロワット)廃炉に伴う、リプレース(置き換え)と呼ぶ、新規立地難を打破する国や電力会社の新戦略で、今後全国で相次ぐと見られている。

ウォークに戻る

 PR館を出て、500mほど内藤さんに従って歩くと、岩盤が露出している土手があった。なるほど、手に取って握るだけで粉々となる軟岩だ。しかも、浜岡原発は、へこんだ断層の部分に立っているから揺れは更に大きく複雑な上に、もはや満期となっている大地震の想定地震地真上である。想定震度8から8.5。

 京都大学・原子炉実験所の小出裕章さんは、2008年の掛川市講演で「世界の原発はほとんど大きな地震の起きないところに建つ。大陸プレート型地震の震源域真上に建つのは浜岡原発だけ。日本のほかの原発も、活断層の心配がある」と言っている。

 神戸大学名誉教授、地震学専攻の石橋克彦さんは、1976年に東海地震説を提唱、内閣委員などを歴任し、浜岡原発が空前の「原発震災」を起こすことを警告し続けているが、2009年2月9日の毎日新聞「闘論」にて

「中部電力は、稼働中の3・4・5号機について、想定する地震動(揺れ)を約1000ガルとして耐震補強をしたという。だが、東京電力柏崎刈羽原発は2007年の新潟県中越沖地震で1699ガルもの揺れに襲われた。この地震が東海地震よりずっと小さかったことも考慮すれば、東海地震による浜岡原発の揺れは1000ガルを大幅に超える可能性が高い。3・4・5号機の耐震性も疑問である。」と言っている。

 更に「大量生産、大量消費の経済活動が大崩壊している今、エネルギー需要の増大を前提に原発の集中立地を維持するという発想は時代遅れだ。しかも中部電力の経営リスクを高める。これからは自然エネルギーも活用した分散型発電システムを追求すべきで、中部電力の発電比率が他社より低いのは(07年度は18%)むしろ誇るべきことだろう」と述べている。

 岩盤の露出した土手からPR館に戻り、その脇の小公園でおいしいおにぎりと野菜料理の昼食を摂る。桜満開の春爛漫。今年は春となって寒さがぶり返したからか、花弁がしっかりとついている。かなりハードな内容の原発ツアーの後だから、その自然の美しさがより身に沁み渡る。

 食後、ひとりの女性が身近な枝を引き寄せて、二つの桜の花をつまんだ。それをひとりひとりに手渡しとする。

「ひとつの花には5つの花びらがあります。これが正常の花。もうひとつには4つの花弁のみです。この変異した花が、一寸ひとつの枝をたぐっただけで幾つも見つけられる。原発周辺の植物に異変が起こっていることを聞いていましたが、これほどとは!」。

 内藤さんに渡された資料に2008年6月8日の東京新聞「こちら特報部」の記事がある。
全国規模では桜の異常花率が、原発周辺では5.6%、原発から30キロ圏外では2.0%だが、柏崎刈羽原発で2006年から調べている周辺の3本の桜では、2007年に0.9%、5.6%、3.6%であったのに対し、2008年には17.5%、39.5%、27.3%に異常花率がはねあがった。それも花弁がねじれていたり、ひと目で判る異変が多かった。

 柏崎刈羽原発では、2007年7月世界初の直下型地震に見舞われ、放射能に汚染された水漏れや、地震から3日間にわたり、放射性ヨウ素が放出されるなどの事故があった。東京電力はこれらについて「人体や環境に影響はない」と発表した。原子力・環境問題の非営利団体(NPO)「たんぽぽ舎」は、「放出された放射性ヨウ素の発表値は大量の空気で薄めた値だ」と批判している。

 2008年の大阪高裁での原爆症認定訴訟判決では「個々の疾患と原爆放射線との関係を証明するのは不可能」とされ、米軍は現在も劣化ウラン弾による人体被害を否定している。

 ロシア人男性の平均寿命は、チェルノブイリ原発事故のあった1986年には64.8才。その後降下を続け、2006年には58.9才。他国(OECD)の寿命より16才低い。僕のウクライナ人の友人は、あの事故を知らされずに黒海で泳いでいた。彼の父は、他のウクライナ人の健康な壮年と共に、一斉に事故の始末にかり出され、家に戻った時は、髪と歯が抜け落ち、性的にも不能者となっていたという。

 アメリカの免疫学や環境問題を専門とする医師、大学教授などで組織する「RPHP」が1987年から1997年までに原子炉を閉鎖した全米7カ所の原子力発電を対象に、半径80?以内に居住の生後1才までの乳児死亡率を調べたところ、15%から54%の減少を確認、「原子炉の影響が実証された」としている。(2000年4月27日中日新聞)

 日本でも鎌仲ひとみ監督の映画『ヒバクシャ』に登場する広島原爆に被爆した医師が保健所の記録を統計にとったところ、チェルノブイリ事故の直後に、東北・北海道の胎児の死亡率が異常に急上昇し、その10年後には、白血病による死亡率も高くなったことを実証した。

広い浜辺で

 ウォークが再開された。今日は静波までの35キロ。僕はサポート・カーで先行。テントが風強い海岸に張られ、食事も整った夕刻、ウォーカー到着。全員手をつないだ輪となって、今日の無事を感謝し、一分間の黙祷。輪を解くのは順ぐりのハグ。出発前と到着の後に、毎回やる唯一のセレモニーだ。

 風止みホッとする暖かさの浜。夕陽を見つめていると、反対側から満月が昇るのに気がついた。明日は休憩日。地元の活動家との交流会がある。食後、ピストン輸送されてほぼ全員が銭湯に入った。洗濯物もスタッフがまとめてした。ウォークは禁酒ながら、休日前夜だ。ゆったりとした満月下の会話があちこちで交わされている。海も静かに輝いている。出身は様々ながら、猛烈社員をしていた人が多いのは意外だった。すさまじく働き、かなり稼ぎ、病気にまでなった結果、仕事を止めてウォークに参加した という流れがある。仕事をしていた当時は、考える暇がなく、働き消費することだけに追われていたという。その人達が歩きながら大地を感じ、今の時代を考えはじめている。そして、仲間達の大きな愛の輪が繋がりつつある。

 昨年、アメリカ先住民運動のリーダーであるデニス・バンクスの率いたアメリカ横断7000キロのロンゲストウォークに参加した女性は、個人主義が強い多民族で構成されたアメリカ人のウォークでは意思疎通が大変だったというが、日本のウォークには自然な一体感がある。
 
 このウォークの提唱者で常に元気で先頭を歩き続ける東京江戸川区最勝寺住職の山田和尚も、そのアメリカのウォークと憲法9条ピースウォークを広島から千葉まで参加した。彼はサポートカーに荷を預けずに自分で担ぐ。そして誰にも思想や主義を押しつけない。「ひとりひとり歩いて感じましょう」だ。昨年夏に僕が一部参加した、歌手・熊谷門が ひとり歩きから始めた宮城・六ヶ所村ウォークもそうだった。その流れは確かに今ここにもある。

 浜は広いし静かだし、満月の上に銭湯に入った後だ。そしてここは合法的な無料キャンプ地でもある。なごやかな歓談。そしてテントの寝袋。昨夜とはまったく違う深い眠りに落ち入った。ウォークを45日間続ける人達は、こうして毎日、刻々と変わる時を渡って行く。そして、どこまでも繋がる道そのものとなるのだろうか?

 静波海岸交流会

 09年4月11日(土)

 土曜日。ウォークのない朝は皆のんびりしている。市民公園も兼ねている浜辺にボチボチと家族連れが現れ、ただ太平洋を眺めている。地方の住民にはこんな贅沢な時間と空間がある。特に静岡県は、海あり平野あり山もありの自然に恵まれている上に温暖な気候。物産も豊かである。そして、江戸時代より関東と関西の交通が盛んで、特産品の茶などの通商とお伊勢参りや参勤交代の旅行業によって現金収入があった。現代となっても中小企業が活躍している。その結果、広島県と共に全国で最も中産階級的な県と見なされ、新しい電化製品やタバコなどもまず、この二つの県で販売され、その売れ行きを見てから全国展開するという。その中産階級化に取り残されまいとして、浜岡周辺の住民は原発を受け入れたのかも知れない。

 10時頃から静岡県出身のウォーカーが入念に準備した交流会が始まった。まず、近くで自然農を営む三浦さん。茶やミカン等の換金作物が多いからか、意外にも静岡県の食糧自給率は18%という話から始まった。住む場所で育つ野菜には、その土地のDNAが含まれているので、健康には不可欠であること、外国からの果実は90%は外国の水、そして温暖化で農薬の使用量が増えているが、油虫などは10匹の内2匹は死なず農薬に順応する子孫を残すので、更に量を増やしたり質を変えて投薬しなければならない。農薬を飲み自殺未遂をした人を手術しようと開腹したら、中のガスによって医者と看護婦が倒れたほど毒性が強いという。添加物の入った食品ばかりを摂ったり野菜を食べない人には、内臓のない子どもが生まれたりすることなど、都市に住む僕にとっても、大地に生きる人の知恵はズシンと響いた。

 主婦の若水さんは、とても分かり易い紙製の模型を作って、原発と廃棄物の流れを説明。その過程で、ウラニューム採掘場で被爆する先住民、カードローンで破産したら女はソープ、男は原発というような最底辺の人達の被爆。そして、過疎地に建てられた原発による最も後進的な地帯の住民が日常的に被爆する。青森県六ヶ所村はその極端な例だ。

 高知県東洋町がまだどことも決まっていない使用済み高レベル核廃棄物処分場の候補地に手を挙げたのは、高知県が沖縄(原発はないが、日本国土の0.6%しかない島に東京24区の1.6倍、山手線内の6倍の面積を持つ米軍基地がある。当然核兵器と劣化ウラン弾)と青森県に次ぐ最貧県であるからだ。幸い都市に出ている東洋町出身者や全国的な反対により計画は止まった。

 これまでの原発反対運動はそれぞれの地域の人だけで続けられる傾向があったが、近年は全国的なネットワークの必要性を痛感し、浜岡原発6号基建設と4号基のプルサーマル反対のために来月の5月10日(日)の昼より御前崎市役所隣の「県原子力広報研修センター」で開かれる「5.10はまおか集会」では、全国各地から同じ問題に取り組む住民が現状報告をするという。(問い合わせ:TEL054-271-7302 FAX054-271-7339)

内藤さんの総括

 昨日はPR館の屋内で、今日は広い砂浜で内藤さんのスケールの大きな話が聞けた。

(1)「非核3原則」には強制力がない。既に岸前首相、安倍前首相も、麻生首相が外務大臣の時にも核武装を検討すべきだと言明している。その国策に沿って、独占企業である電力会社と産・学・官の利権団体が原発建設を続け、再処理工場と高速増殖炉までの核燃サイクルへと進んでいる。そして新聞とテレビの一大スポンサーが電力会社であるために、メディアはこま切れの情報しか流せず、国民が実情を理解できない。エネルギー政策というより、軍事的な情報操作に思える。
(2)プルサーマルとは、既に抱え込んでいる大量のプルトニゥムを通常のウラン燃料に混ぜて使用し、他国からの日本の核武装化への疑いを晴らすために計画された。玄海、伊方、浜岡、大間原発で実行される。だが、そのMOX燃料は核反応が不安定となり、制御棒の効きが落ちる。更には、その使用済み燃料は特に猛毒の上、放射能も増え続け熱を発生するために、処理は一層難しくなる。世界的には商業用原子炉では使われない実験的で危険なシステムを本番に使うとは!
(3)地球温暖化は太陽の黒点数の増加と共に起こっている。南極氷床コアの測定によると、まず気温が変化してからCO2濃度が変化する。気温が上昇すると、温かくなった海からCO2が溶け出すという研究結果がいくつも出ているのに、メディアは伝えない。かつて10世紀から12世紀には大規模な温暖化により、今は氷のグリーンランドが緑の島であり280の農園があった。また、原発は発電の前後過程で大量のCO2を出し、温排水も海水温を上昇させる。原発の生む熱量の3分の2は海に捨てられるのだ。何たる無駄!
(4)現在電力の3割が原発からと言われているが、それは原発が出力調整できないため他の発電装置を休ませているからである。
(5)ニューヨーク市と横浜市で実用化した「ガス複合発電コジェネ」は、内燃のガスエンジンと外燃の蒸気タービンの複合型であり、建設費も安く、安全でエネルギー効率もよい。横浜の場合、8基で原発3基分の発電量に匹敵する。CO2排出も少ない。放射性廃棄物も出さない。
(5)イギリスでは電力の完全自由化に踏み切った結果、民間の電力会社はみな原発をやめてしまった。発電そのものは安くとも、その後の核廃棄物の処理や廃炉などのさまざまな処理費用がかかり過ぎ、価格競争に勝てないからである。わずかに国営で原爆のための原発を続けているだけだ。日本は電力会社をほぼ独占企業として保護し、原発を優先させている。おかげで日本の電気料金は世界一高い。これから廃棄物処理の代金がますます上乗せさせられる。
(6)六ヶ所村再処理工場には放射能の空と海への排出規制がなく、原発一基が一年に出す放射能を一日で出す。つまり年間365基の原発が放射能を排出することを意味する。もんじゅ高速増殖炉のパイプの厚みは11ミリ(通常は77ミリ)その炉心冷却用金属ナトリウムは水に反応し爆発する。

僕にできること

 その日の午後、僕達は自由に話し合った。そして夕食の後に僕とビデオカメラマンは一行と別れた。実は今回は浜岡の映像作品を作ろうとしている映像作家と同行している。昨年9月にも浜岡の撮影に協力した。2002年より個人が撮影した映像も使わせて貰えることとなった。近く浜岡の映像作品を完成するつもりである。その編集のためもあり、一足先に帰京した。

 今回のウォークには特にキャンペーンを張らずにただ歩き、大地と各地の人に出会い、感じたことを日常生活に戻った時に伝えるだけを目的としている。僕のパートは浜岡の事実を書いたり話したりして伝えること。そして、浜岡周辺や静岡市や首都圏で「東海大地震の前に浜岡原発を止めよう!」の動きがあれば参加すること、他の核施設、特に六ヶ所村再処理工場と、30年間土地の漁民が反対し続けている山口県上関原発予定地(既に正式の許可なく工事が進行し、瀬戸内で最も豊かな漁場の畑である海底の藻場さえもコンクリートで塗り固め漁業者を追いつめようとしている)などを訪れ、ささやかながら外との繋がりと現場の雑用を務めることである。
  
 これからは、今年2月吹雪の盛岡市で催された「六ヶ所村ラプソディ東日本サミット」で具体的に提案された「市民による自然エネルギー推進法」にも関わりたい。
 再処理、高速増殖炉の本格稼働は大幅に遅れ、アメリカの民主党政権は核兵器廃絶を唱え、プルトニウムを取り出す核燃料サイクルとMOX燃料を使うプルサーマルにも否定的だと言われている。
 
 静波海岸で再会した「原発震災を防ぐ全国署名連絡会」の東井さんは、静岡市住民。30年以上警告を鳴らし続け、近年集めた署名は90万。100万を目指している。

 三島市のこながやさんは、2002年「平和の集い」に参加した後、「ストップ浜岡」の事務局を開設し、情報提供、署名活動、ロビー活動を続け、近年原発震災の判り易いイラストつきの本を自ら発行した。(詳しくはwww.stop-hamaoka.comへ)

 このように忍耐強く活動を続けている静岡県の人達と共に歩んでいることを再確認したのが、今回のウォークの最大の収穫だった。願わくば、友人の準備している浜岡の映像作品が完成し「市民のメディア」も共に歩むことを。
(詳しくはmoritato@kg7.so-net.ne.jp)
(ウォークの詳細はhttp://7gwalk.org/index.html)
(セブン ジェネレーション ウォークは、5月9日(土)の高尾山まで続けられる。)

 繰り返すが近年、プレート型地震の安静期から活動期に入っている。想定東海地震の単独発生ならマグニチュード8,想定東海地震と東南海地震が連動した安政東海地震タイプならばマグニチュード8.4。これは、広島原爆の1000発から5000発の威力を持つ。(前出の小出さんによる)

 世界中の科学者がその想定震源地の真上にある浜岡原発を止めるように警告している。

 浜岡原発が東海大地震で事故を起こせば、日本国土の6割は居住不可能となり得る。勿論首都圏も。「国破れて山河も無し」となる。そして、放射能汚染は世界に散る。子ども達がまず犠牲となる。自然の営みに感謝すると共に畏怖する…という原点に立ち返るべき時だ。

(完)
澤村浩行

 

 


































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