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4月27日(火)

4月27日(火)

 朝 出発したウォーカーは、200メートル離れたウェストポイント士官学校の正門前で祈願した。正門は、大統領一行も含む色々な団体が訪れるから慣れているらしく、昨日通りすがった裏門のような緊張感はない。雨が少し降り出した。

 純さんの話によると、ウェストポイント士官学校を卒業したイスラム教徒の士官が、キューバのアメリカ軍基地グアンタナモに派遣されたが、そこでのイスラム過激派の囚人に対する拷問を見て、公に抗議をした所、逮捕され刑務所に収容されているという。彼は本も出版している。イラク戦争では、イラク空爆に出撃するパイロットが初めて妻を同行し、航空母艦の個室から毎朝定時に会社に出勤するみたいに出撃したという。アメリカ軍は政府に忠実で反乱した歴史はないが、その忠実な軍隊の指揮官はこのウェストポイントで育てられる。その中からイラク戦争の意義を疑い、派兵拒否をした日系のワタダ中尉なども出ている。

 ウォーカーはその正門から出発。今日の行程は13マイル(18キロメートル)と短い。少し雨が降っている。僕はジュールさんのサポートカーで、まず、今日の宿泊所の教会関係者のリトリートセンターに行く。そこは、広い芝生にミーティング場、何棟もの宿泊施設があり、中はベッドシーツと毛布つきの2ベッド、机が完備されたホテル並み。スタッフはレギュラー7人とボランティアの20名。スタッフも構内に家を持っていると言う。そしてここはあらゆる精神的な団体を受け入れているのだ。

 サポートカーは、そこで事前の打ち合わせ。それから数マイル戻ったハドソン川沿いの公園へ。川幅を広げたハドソン川の向こうに原発のドームが2つニョキッと建っている。日本の原発の3倍は背が高いのは、航空機の墜落から守るためか。そこへウォーク一行が到着。原発前に一列となり、祈願する。この河の源流に近いバッファローで核廃棄物処理場とされたセネカ族居留区からのウォーカー、アレンさんが水辺に降りて、儀式をする。彼は背中にサンダンスでピアスをして皮膚を破った痕がある。

 先住民の伝統復活やウォーク参加が、かつてアル中の多かった彼らのコミュニティに変化を起こしつつあるようだ。それも反核の人と同じにまったくの少数派なのだが。でもベトナム北部に流れるホワン河は、時折洪水に見舞われるので厳重な堤防を築いているが、それでも堤防が決壊するのは、アリが中に巣を作った時だそうである。アリの作る小さな道が巨大な堤防から水を少しずつ浸み出していくと、ある時点で突然決壊するのだという。だから、少数派だとあきらめることはない。今の体制を支配している人達も、自分たちの富と権力と名声という堤防に支えられているだけだ。ウォーク一行は長い原発前の廃絶祈願を終えて、昼飯の場に歩く。僕も一緒に歩き始めた。

 しかし、数分もするとももの一点がチクッと痛くなった。ティックだ、とすぐにピンと来た。ここらの草地や林でチクッと来たらティックと思え、と常々言われている。ティックすなわち、ダニである。ズボンをめくるとももの一点が黒ずんでいる。すぐにサポートカーに戻り、昼食予定の小さな教会の庭に行き、運転の老人に見て貰う。

「あー、これは通常の奴だ。良かった」。
そして「取り除くにはまず、火でその場をあぶれば、ダニはしがみつくのを止めるから、取り出し易くなる」。

 ということなので、ライターであぶると、ダル豆の10分の1位の茶色な点が見えて来た。「次に頭をつまんでゆっくりと引き出すんだ」。

 そのようにすると、それはとれた。だが既に患部は黒く腫れている。「これが鹿の耳にたかっているゴマぐらい小さい奴の場合、そのままにしておくと、脳味噌まで異常になってくる」とのことだ。
 
 このあたり、ニューヨーク市から50キロメートル位なのに鹿はかなり多い。数日前にも他のウォーカーがやられたし、念のために昼食を持って来てくれた、今日の宿泊所の女性に患部を見てもらったら「取り除かれてますね。あとでその部分のかゆみが続くかもしれませんが。私もこの1年ほどに、8回ほどやられましたよ」と笑っていた。かゆみが続く場合、ホットシャワーをひんぱんに取ったり、肉やミルク質などの動物性蛋白を除いた食事をとると、治りが早いとのことである。

 せっかく昼食を用意してウォーカーを迎えたというのに、その小さな教会の庭からは出て行けと言われた。この教会が原発推進派だからという。そこで近くの緑地に移り昼食。後に数キロメートル歩いて、今日の広々とした、しかも、トウィンベッドの個室とホットシャワー、そしてランドリーまである豪勢な環境に入居。原発で皆がかなり落ち込んだ後である。地獄には天国への光が射し、天国には地獄への落とし穴が待っている。

 ウォーク一行を受け入れたのは、ここのリーダーであるユダヤ教女性司祭リンさんである。ユダヤ教は男性原理の強い宗教で、司祭も男性ばかりかと思っていたが、状況は変わりつつあるようだ。彼女はかつて南部のアルバカーキのユダヤ教シナゴーグで司祭をしていた折に、広島の火を持ったウォーク一行を迎えた。その火は原爆投下後、数日して本屋をやっていた親族を訪れた人が、書庫を開けるとくすぶっていた中の本から炎が発生、その火を実家に持ち帰ると、おばあさんが広島の灯として絶やさず燃やし続けていたものだ。それをウォークがカイロに入れて運び、火を分けて歩いた。

 その時一行と共に、日本でもポピュラーであるフォークダンス「マイマイマイ」が、ユダヤ人の収穫祭の踊りであり、皆で踊り、その後広島の火は広島長崎に投下された原爆を作ったロスアラモスの原爆研究所員に渡され、今もその火は灯っているとのことである。

 その直後、彼女はガザの回教寺院モスクと、イスラエルのユダヤ教寺院シナゴーグの間8キロメートルを100人の双方の信者たちと歩くピースウォークを成功させ、9.11以降は、アメリカ各地でモスクとシナゴーグの間をイスラム教徒とユダヤ教徒が共に歩くピースウォークを主催し、それは毎年行われている。

 特に7年前に行ったニューヨーク市のエリートの行くシナゴーグと、黒人の権利とイスラム運動を起こし暗殺されたマルコムX(エックス)のモスクを歩いたピースウォークは有名である。一見すると、柔和で温かいユダヤ人の母にしか見えない女性だが、一寸話すとその平和を実現させようとする意欲と行動力に圧倒される。

 ウォーク一行は久しぶりのシャワーを浴び、広々とした食堂でヴァイキング方式の食事を摂った後、彼女のワークショップに参加した。まずひとりひとりが太鼓を持ち、ビートが合うまでたたき続ける。それから彼女が踊りだし、次々とウォーカーが手をとり輪となって踊る。熱い時の流れの後は、中央にテーブルが運ばれ皆がびっちりとそれを囲む。

 厳かな手さばきで数百年前にチェコスロバキアで作られたという、見開きがひとかかえはある聖書を包みから取り出す。その1ページをヘブライ語で読み、平和の意味を英語で伝えてくれる。

 そして彼女の広島体験を語った。
「1995年、爆弾の跡をたどる巡礼をした時のことでした。ネバダの核実験跡、ハワイの真珠湾ではその攻撃に参加した元日本兵とも出逢いました。そして広島の原爆ドームの前では、ただ泣くばかり。その時一緒だった日本人女性とドイツ人物理学者もただ泣き続けました。そして3人は折り鶴の塔に差しかかりました。何万人もの人達が折った紙の鶴が堆(うずたか)く盛られ、その間を子供たちが活発に遊んでいました。私たち3人はまだ泣きっ放しでしたが、それはただ悲しいからではなくなりました。私たちは未来への希望を見出した思いをも込めて泣き続けていたのです。」

 その夜は僕は70代前半のウォーカーと同室となった。寝付く間に互いの人生で悔やむ事がなんとなく出た。彼は今の体制を強くするために働いて来た。とポツリ言っただけだった。他は結婚して以来の妻との長い関係。老いてようやく判る人生の真実、時代の現実がある。もうそれを隠蔽し続けることは、死を前とした身にとって、余りにも自分自身を冒涜していることに気がつくのだ。

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